2006年 04月 13日
教育シリーズ 第29回 |
*文章中に登場するすべての事例は、個人情報保護の関係で実在の人物そのものではありませんが、著者が取材した多くの人々からヒントを得て新たに創作したものです。
ほめネタさがし
佐竹 真次
軽度発達障害の中に、ADHD(注意欠陥多動性障害)(文献)という障害があります。
英語ではAttention Deficit Hyperactivity Disordersと書きます。
知的には正常に近くても、集団の中での指示や注意が理解できないなどの「不注意」、授業中立ち歩く、手遊びが多い、私語が多い、話が聞けないなどの「多動性」、気に入らないことがあると乱暴な行動をとる、我慢ができずかんしゃくを起こす、結果を考えずに危険な行動をしがちであるなどの「衝動性」の3つの症状がみられます。
この障害は中枢神経系に何らかの原因があると考えられています。
そして、LD(学習障害)を併せ持っている比率が非常に高いのです。
もし、子どもに上記のような症状がみられ、学校や集団活動への不適応で困っている場合には、児童精神科の専門医か小児科の中でも発達障害に詳しい医師を選んで、早めに受診することが重要です。
親御さんの中には世間体を気にして受診や相談を拒む人も多いのですが、そのままだと子ども本人が一番つらい思いをするのです。
正確な診断をしてもらえれば、安全な服薬で注意の集中と行動の落ち着きを取り戻すことができる確率が高くなります。
また、学習場面や学習内容を整理して個別的対応をしてくれるように、学校に依頼することができるようになります。
さらに、他人とのトラブルは悪意によるものではなく、社会的スキルの未学習や誤学習によるものであると理解してもらいやすくなり、社会的スキルや社会常識を手厚く指導してもらえるようになります。
「不注意」「多動性」「衝動性」は一次障害といわれますが、彼らに対して、良いところを十分に認める、努力してもできないことは叱らない、活躍できる役割をたくさん用意するといった配慮をしていけば、二次障害は起こらず、適切な社会性が育成されていきます。
逆に、そういった配慮がなければ、児童期には情緒の不安定、学級不適応、不登校など、また青年期には抑うつ状態、自己評価の低下、行動異常など、さらに成人期には神経症状態、アルコール・薬物依存、反社会的行動などの二次障害が出現する可能性があります。
適切な社会性を育成するために、学校では、①ADHDという障害を先生方が正しく理解すること、②気が散らないような環境や活躍できる役割やほめられる機会をきちんと設けること、③わかりやすい指示や本人が喜ぶほめ方を見つけること、④子どもの得意不得意を見極めて、得意なことで自信をつけさせ、不得意なことは今できるレベルからていねいに指導すること、⑤保護者の苦労をねぎらい、勇気づけ、具体的に何を目指してどう育てればよいかを話し合うこと、⑥校内全体の先生方の協力システムを作り、ティーム・ティーチングなどをとおして実際に協力し合うこと、などが検討されたり実行されたりしています。
また、ADHDの子どもには人からの注目や承認を喜ぶ一方で、人から非難をされると反抗的になる傾向があるため、学級内では、①役割行動がきちんとできた場合や友達と仲良く過ごせた場合にシールをあげる約束をしておき、シールが貯まって一定の枚数になったらごほうびと交換することにしたり(トークン・エコノミー)、②授業中の着席持続がぎりぎり10分間可能であれば、10分毎に「座っていられて立派だよ」とほめてあげたり、③友達に妨害や暴力を与えたときには、エスカレートする前に介入し冷静に注意したりする方法が功を奏することが多いのです。
しかし、ADHDの子どもの母親に面接を行い、「子どもがよい行動を表出したらほめてください」と依頼すると、母親は「私には子どもをほめる力がありません。ほめることができるようにしてください」と言われることがあります。
ADHDの子どもには気になる行動や問題行動が目立ちやすいので、どうしてもほめる機会が少なくなってしまうのです。
そこで、母親が子どもの適切行動を積極的に発見し、それを確実にほめることができるようになるための「ほめプログラム」を考えてみました(文献)。
このプログラムでは、母親に1日2つのイベントについて、「ほめネタ」(ほめる対象となった子どもの行動)と「ほめセリフ」(実際にほめた母親のセリフ)を、大学ノートに毎日記録してもらいます。
そうすると1ヵ月に約60イベント蓄積されます。
1ヵ月に1回、母親と約1時間面接し、母親の「ほめたお手柄」を詳しく聞きながら、私が精一杯ほめるのです。
「ほめネタ」と「ほめセリフ」をノートに書いてみると、「今まで『ほめネタ』にいかに気づかずに過ごしていたか、ほめたつもりでもいかにほめことばになっていなかったかがよくわかる」と母親は言うようになります。
慣れてくると母親は「ほめネタ」をつぎつぎと探すことができるようになり、「ほめセリフ」もいやみにならず、さらりとほめることができるようになります。
こうして、母親が子どもを適切にほめてノートを記載する行動を支援者が支持していると、子どもの適切行動はどんどん増加し、それにともなって問題行動が減少していきます。
また、母親の自尊感情尺度の得点も増加します。
それだけ、ほめる行動とともに自分の育児能力や存在そのものに自信がついてきたと考えてもよいと思います。
おもしろいことに、はじめは「ほめネタ」として勉強行動や点数の評価などが記載されることが多いのですが、数ヵ月後にはそれらは少なくなり、むしろ自分で気がついて行う自発的行動や、話を最後まで聞いたり人の依頼に応えたりする忍耐行動、そして、人前で適度に品のある振舞いをするマナー行動などの記載が多くなるのです。
聖書でも「ほめネタ」つまり「善」はさがすものであると言っています。
「熱心に善を捜し求める者は恵みを見つけるが、悪を求める者には悪が来る。」(箴言11:27)また、「ほめセリフ」、つまりものごとに対する評価は明確であるべきだと言っています。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。」(黙示録3:15)
文献
司馬理英子(1997):のび太・ジャイアン症候群-いじめっ子、いじめられっ子
は同じ心の病が原因だった.主婦の友社.
佐竹真次(2006):ポジティブ行動の促進による支援.本郷一夫・長崎勤(編)
別冊「発達」28,特別支援教育における臨床発達心理学的アプローチ.ミネル
ヴァ書房,84-95.
ほめネタさがし
佐竹 真次

英語ではAttention Deficit Hyperactivity Disordersと書きます。
知的には正常に近くても、集団の中での指示や注意が理解できないなどの「不注意」、授業中立ち歩く、手遊びが多い、私語が多い、話が聞けないなどの「多動性」、気に入らないことがあると乱暴な行動をとる、我慢ができずかんしゃくを起こす、結果を考えずに危険な行動をしがちであるなどの「衝動性」の3つの症状がみられます。
この障害は中枢神経系に何らかの原因があると考えられています。
そして、LD(学習障害)を併せ持っている比率が非常に高いのです。
もし、子どもに上記のような症状がみられ、学校や集団活動への不適応で困っている場合には、児童精神科の専門医か小児科の中でも発達障害に詳しい医師を選んで、早めに受診することが重要です。
親御さんの中には世間体を気にして受診や相談を拒む人も多いのですが、そのままだと子ども本人が一番つらい思いをするのです。
正確な診断をしてもらえれば、安全な服薬で注意の集中と行動の落ち着きを取り戻すことができる確率が高くなります。
また、学習場面や学習内容を整理して個別的対応をしてくれるように、学校に依頼することができるようになります。
さらに、他人とのトラブルは悪意によるものではなく、社会的スキルの未学習や誤学習によるものであると理解してもらいやすくなり、社会的スキルや社会常識を手厚く指導してもらえるようになります。
「不注意」「多動性」「衝動性」は一次障害といわれますが、彼らに対して、良いところを十分に認める、努力してもできないことは叱らない、活躍できる役割をたくさん用意するといった配慮をしていけば、二次障害は起こらず、適切な社会性が育成されていきます。
逆に、そういった配慮がなければ、児童期には情緒の不安定、学級不適応、不登校など、また青年期には抑うつ状態、自己評価の低下、行動異常など、さらに成人期には神経症状態、アルコール・薬物依存、反社会的行動などの二次障害が出現する可能性があります。
適切な社会性を育成するために、学校では、①ADHDという障害を先生方が正しく理解すること、②気が散らないような環境や活躍できる役割やほめられる機会をきちんと設けること、③わかりやすい指示や本人が喜ぶほめ方を見つけること、④子どもの得意不得意を見極めて、得意なことで自信をつけさせ、不得意なことは今できるレベルからていねいに指導すること、⑤保護者の苦労をねぎらい、勇気づけ、具体的に何を目指してどう育てればよいかを話し合うこと、⑥校内全体の先生方の協力システムを作り、ティーム・ティーチングなどをとおして実際に協力し合うこと、などが検討されたり実行されたりしています。
また、ADHDの子どもには人からの注目や承認を喜ぶ一方で、人から非難をされると反抗的になる傾向があるため、学級内では、①役割行動がきちんとできた場合や友達と仲良く過ごせた場合にシールをあげる約束をしておき、シールが貯まって一定の枚数になったらごほうびと交換することにしたり(トークン・エコノミー)、②授業中の着席持続がぎりぎり10分間可能であれば、10分毎に「座っていられて立派だよ」とほめてあげたり、③友達に妨害や暴力を与えたときには、エスカレートする前に介入し冷静に注意したりする方法が功を奏することが多いのです。
しかし、ADHDの子どもの母親に面接を行い、「子どもがよい行動を表出したらほめてください」と依頼すると、母親は「私には子どもをほめる力がありません。ほめることができるようにしてください」と言われることがあります。
ADHDの子どもには気になる行動や問題行動が目立ちやすいので、どうしてもほめる機会が少なくなってしまうのです。
そこで、母親が子どもの適切行動を積極的に発見し、それを確実にほめることができるようになるための「ほめプログラム」を考えてみました(文献)。
このプログラムでは、母親に1日2つのイベントについて、「ほめネタ」(ほめる対象となった子どもの行動)と「ほめセリフ」(実際にほめた母親のセリフ)を、大学ノートに毎日記録してもらいます。
そうすると1ヵ月に約60イベント蓄積されます。
1ヵ月に1回、母親と約1時間面接し、母親の「ほめたお手柄」を詳しく聞きながら、私が精一杯ほめるのです。
「ほめネタ」と「ほめセリフ」をノートに書いてみると、「今まで『ほめネタ』にいかに気づかずに過ごしていたか、ほめたつもりでもいかにほめことばになっていなかったかがよくわかる」と母親は言うようになります。
慣れてくると母親は「ほめネタ」をつぎつぎと探すことができるようになり、「ほめセリフ」もいやみにならず、さらりとほめることができるようになります。
こうして、母親が子どもを適切にほめてノートを記載する行動を支援者が支持していると、子どもの適切行動はどんどん増加し、それにともなって問題行動が減少していきます。
また、母親の自尊感情尺度の得点も増加します。
それだけ、ほめる行動とともに自分の育児能力や存在そのものに自信がついてきたと考えてもよいと思います。
おもしろいことに、はじめは「ほめネタ」として勉強行動や点数の評価などが記載されることが多いのですが、数ヵ月後にはそれらは少なくなり、むしろ自分で気がついて行う自発的行動や、話を最後まで聞いたり人の依頼に応えたりする忍耐行動、そして、人前で適度に品のある振舞いをするマナー行動などの記載が多くなるのです。
聖書でも「ほめネタ」つまり「善」はさがすものであると言っています。
「熱心に善を捜し求める者は恵みを見つけるが、悪を求める者には悪が来る。」(箴言11:27)また、「ほめセリフ」、つまりものごとに対する評価は明確であるべきだと言っています。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。」(黙示録3:15)
文献
司馬理英子(1997):のび太・ジャイアン症候群-いじめっ子、いじめられっ子
は同じ心の病が原因だった.主婦の友社.
佐竹真次(2006):ポジティブ行動の促進による支援.本郷一夫・長崎勤(編)
別冊「発達」28,特別支援教育における臨床発達心理学的アプローチ.ミネル
ヴァ書房,84-95.
by ybible63
| 2006-04-13 09:56
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