2006年 04月 13日
教育シリーズ 第28回 |
*文章中に登場するすべての事例は、個人情報保護の関係で実在の人物そのものではありませんが、著者が取材した多くの人々からヒントを得て新たに創作したものです。
練られた品性
佐竹 真次
かつてベストセラーになったダニエル・ゴールマンの「EQ」という本(文献)の中に、マシュマロ・テストの話が引用されていました。
それは次のような話です。
一人の4歳児をテーブルに着かせて、テーブルの上に1枚の皿を置きます。
その皿の上にはマシュマロが1個のっているのです。そして実験者は次のように言います。
「私はちょっと用事があるから出かけてきます。
君の目の前のマシュマロは食べてもいいよ。
でも、私が帰ってくるまで食べないで待っていられたら、マシュマロをもう1つあげるよ」と。
実験者は約15分後にもどります。
相当の人数の4歳児に同じ実験をしました。
そうすると、一群の子どもたちは待ちきれずにマシュマロを食べてしまいました。
別の一群の子どもたちは、目をつぶったりよそ見をしたり歌をうたったりして必死に我慢し、実験者がもどってくるまで待っていました。
この実験のすごいところは、これらの子どもたちが青年になったときにどのような生活をしているかを追跡調査しているところです。
4歳のときに忍耐して待っていられた青年たちは、対人関係がうまく、自己主張ができ、問題解決能力があり、自信と誠実さを持ち合わせていたといいます。
一方、4歳のときにすぐにマシュマロに手を伸ばしてしまった青年たちは、それほど目立った社会性を持ち合わせておらず、かえって自分を卑下してしまう傾向を示したといいます。
聖書は「患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」(ローマ5:3-4)と語り、忍耐をとても重要なものとしています。
マシュマロが好きな4歳児にとっては、目の前にマシュマロがあるということは患難ともいえるかもしれません。
患難を目の前にして4歳児はなすべき努力をします。
大した活動をしていないように見えても、来るべきときを待つという実に高度な精神活動を実行しているのです。
目をつぶったりよそ見をしたり歌をうたったりして工夫することが、その子どものひたすらな姿、あるいは品性として大人の目には映るかもしれません。
そして、その先には約束が実現するという希望が準備されているのです。
これは、子どもが新しい集団にとけ込もうとするときに用いる方法と似ています。
すでにできあがっている遊びの輪の中には、子どもでもなかなか入っていけないものです。
集団に入るのが下手な子どもの中には、いきなり大きなことを言ったり、集団の興味関心に同意しなかったりする子どもがいます。
自分に注目してもらいたいからです。
注目というマシュマロをすぐに手に入れようとするのです。
しかし、こういう振る舞いでは集団から弾かれてしまいます。
今の遊びを楽しんでいて遊びの流れを変えてほしくないと思っている集団から反感を買い、かえって相手にされなくなってしまうのです。
一方、仲間から受け入れられる子どもは、しばらく集団の遊びをよく観察します。
そして、その集団の興味関心と遊びのルールとメンバーの力関係を把握します。
それから、皆がやっている遊びに自分も関心をもっていることを表情やことばで表現するのです。
その後、端っこの方から遊びに入り始め、ちょっとずつ参加の量を増やしていきます。
目の前のおいしいマシュマロを我慢するかのように、集団に自分の存在を認めてもらうまでは、けっして主導権を握らないようにするのです。
子どもたちもさりげなくそれを観察していて、そのうち誘いかけてくれたり、正式参加の申し込みを快く承認してくれたりするようになります。
我が子が新しい集団に溶け込もうと努力しているにもかかわらず、なかなかその集団にうまくなじめないでいる姿を見ることは、親にとっては大変つらいことです。
できれば「もう帰っておいで」と言いたくなってしまいます。
しかし、その苦しさこそが忍耐を鍛え、品性を練ってくれる過程であると思うのです。
いじめなどの差し迫った危険がある場合は保護しなければなりませんが、安全である限りは、子どもの品性が練られる過程を観察するのも、親の役割です。
大人になっても同じことが起こります。
とくに、望みがどんどんかなえられ幸せに歩んでいる人を見るときに、自分は神様を信じているのにどうしていつもダメなんだろう、と情けなくなって落ち込んでしまうことがあります。
あるときから私は、そのようなとき、上の聖書のことばを読んで、「こうなったらいつまでも待ち続けよう」と、気持ちを切り替えることにしました。
そうすると、時間はかかっても事態は好転し、これをとおして神様が私の品性を練ってくださったのだな、と感じることができることも多くなりました。
文献
ダニエル・ゴールマン(土屋京子 訳)(1996):EQ~こころの知能指数.講談社.

練られた品性
佐竹 真次
かつてベストセラーになったダニエル・ゴールマンの「EQ」という本(文献)の中に、マシュマロ・テストの話が引用されていました。
それは次のような話です。
一人の4歳児をテーブルに着かせて、テーブルの上に1枚の皿を置きます。
その皿の上にはマシュマロが1個のっているのです。そして実験者は次のように言います。
「私はちょっと用事があるから出かけてきます。
君の目の前のマシュマロは食べてもいいよ。
でも、私が帰ってくるまで食べないで待っていられたら、マシュマロをもう1つあげるよ」と。
実験者は約15分後にもどります。
相当の人数の4歳児に同じ実験をしました。
そうすると、一群の子どもたちは待ちきれずにマシュマロを食べてしまいました。
別の一群の子どもたちは、目をつぶったりよそ見をしたり歌をうたったりして必死に我慢し、実験者がもどってくるまで待っていました。
この実験のすごいところは、これらの子どもたちが青年になったときにどのような生活をしているかを追跡調査しているところです。
4歳のときに忍耐して待っていられた青年たちは、対人関係がうまく、自己主張ができ、問題解決能力があり、自信と誠実さを持ち合わせていたといいます。
一方、4歳のときにすぐにマシュマロに手を伸ばしてしまった青年たちは、それほど目立った社会性を持ち合わせておらず、かえって自分を卑下してしまう傾向を示したといいます。
聖書は「患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」(ローマ5:3-4)と語り、忍耐をとても重要なものとしています。
マシュマロが好きな4歳児にとっては、目の前にマシュマロがあるということは患難ともいえるかもしれません。
患難を目の前にして4歳児はなすべき努力をします。
大した活動をしていないように見えても、来るべきときを待つという実に高度な精神活動を実行しているのです。
目をつぶったりよそ見をしたり歌をうたったりして工夫することが、その子どものひたすらな姿、あるいは品性として大人の目には映るかもしれません。
そして、その先には約束が実現するという希望が準備されているのです。
これは、子どもが新しい集団にとけ込もうとするときに用いる方法と似ています。
すでにできあがっている遊びの輪の中には、子どもでもなかなか入っていけないものです。
集団に入るのが下手な子どもの中には、いきなり大きなことを言ったり、集団の興味関心に同意しなかったりする子どもがいます。
自分に注目してもらいたいからです。
注目というマシュマロをすぐに手に入れようとするのです。
しかし、こういう振る舞いでは集団から弾かれてしまいます。
今の遊びを楽しんでいて遊びの流れを変えてほしくないと思っている集団から反感を買い、かえって相手にされなくなってしまうのです。
一方、仲間から受け入れられる子どもは、しばらく集団の遊びをよく観察します。
そして、その集団の興味関心と遊びのルールとメンバーの力関係を把握します。
それから、皆がやっている遊びに自分も関心をもっていることを表情やことばで表現するのです。
その後、端っこの方から遊びに入り始め、ちょっとずつ参加の量を増やしていきます。
目の前のおいしいマシュマロを我慢するかのように、集団に自分の存在を認めてもらうまでは、けっして主導権を握らないようにするのです。
子どもたちもさりげなくそれを観察していて、そのうち誘いかけてくれたり、正式参加の申し込みを快く承認してくれたりするようになります。
我が子が新しい集団に溶け込もうと努力しているにもかかわらず、なかなかその集団にうまくなじめないでいる姿を見ることは、親にとっては大変つらいことです。
できれば「もう帰っておいで」と言いたくなってしまいます。
しかし、その苦しさこそが忍耐を鍛え、品性を練ってくれる過程であると思うのです。
いじめなどの差し迫った危険がある場合は保護しなければなりませんが、安全である限りは、子どもの品性が練られる過程を観察するのも、親の役割です。
大人になっても同じことが起こります。
とくに、望みがどんどんかなえられ幸せに歩んでいる人を見るときに、自分は神様を信じているのにどうしていつもダメなんだろう、と情けなくなって落ち込んでしまうことがあります。
あるときから私は、そのようなとき、上の聖書のことばを読んで、「こうなったらいつまでも待ち続けよう」と、気持ちを切り替えることにしました。
そうすると、時間はかかっても事態は好転し、これをとおして神様が私の品性を練ってくださったのだな、と感じることができることも多くなりました。
文献
ダニエル・ゴールマン(土屋京子 訳)(1996):EQ~こころの知能指数.講談社.

by ybible63
| 2006-04-13 09:52
| ★教育シリーズ(子育て)