2016年 02月 26日
2月14日説教要約 |
キリストにならいて生きる<ローマ15:1~13>
牧師 鳥居 完次
<12章>からの信仰実践部分に流れている「キリストにあって生きること」と、「愛にあって生きること」は、一つにして言えば「キリストにならいて生きる」ということである。
1.心を一つにし、互いに同じ思いを持つように<5~6>。それには、私たちが主イエス・キリストを信じることによって、「キリストの心を持っている」<Ⅰコリ2:16>前提がある。しかし、キリストの心を持っていれば自動的にお互いの心を一つにできるわけではない。それ故、そこには忍耐と励ましの神による信仰(愛)の成長プロセスが期待されている<5>。
2.互いに受け入れなさい<7~8a>。それにしても、私たちはひとり一人皆違う。その世界で唯一無二の者同士が互いに受け入れることと、互いに一つ心になることは一見矛盾に思える。それを解く鍵は、私たち人間が神のかたち(三位一体の神ご自身の栄光のかたち)として造られたところにある。即ち、人間は本来三位一体の神の栄光を何の矛盾もなく受けとめ理解できると同時に、お互いもその内にある唯一独自性を素直に認め合うことができる者として造られた。しかし、人は罪故に神の(創造の)真理を見失った。それ故、神はこの真理を現すために神自らがこの世に来てくださり<8a>、十字架の上で神の愛の極みを現してくださった。そして、この主の愛の心を信仰をもって受けとめ、その愛を成長させて行くことを何よりもキリストは求めておられる<ヨハネ15:12~13>。その意味で、このパウロの勧めは<7>、まさにキリストの切なる願いをパウロが代弁しているとも言える。何にもましてこのキリストの愛を受けとめたパウロにならって私たちも愛を成長させていきたい。
牧師 鳥居 完次
<12章>からの信仰実践部分に流れている「キリストにあって生きること」と、「愛にあって生きること」は、一つにして言えば「キリストにならいて生きる」ということである。
1.心を一つにし、互いに同じ思いを持つように<5~6>。それには、私たちが主イエス・キリストを信じることによって、「キリストの心を持っている」<Ⅰコリ2:16>前提がある。しかし、キリストの心を持っていれば自動的にお互いの心を一つにできるわけではない。それ故、そこには忍耐と励ましの神による信仰(愛)の成長プロセスが期待されている<5>。
2.互いに受け入れなさい<7~8a>。それにしても、私たちはひとり一人皆違う。その世界で唯一無二の者同士が互いに受け入れることと、互いに一つ心になることは一見矛盾に思える。それを解く鍵は、私たち人間が神のかたち(三位一体の神ご自身の栄光のかたち)として造られたところにある。即ち、人間は本来三位一体の神の栄光を何の矛盾もなく受けとめ理解できると同時に、お互いもその内にある唯一独自性を素直に認め合うことができる者として造られた。しかし、人は罪故に神の(創造の)真理を見失った。それ故、神はこの真理を現すために神自らがこの世に来てくださり<8a>、十字架の上で神の愛の極みを現してくださった。そして、この主の愛の心を信仰をもって受けとめ、その愛を成長させて行くことを何よりもキリストは求めておられる<ヨハネ15:12~13>。その意味で、このパウロの勧めは<7>、まさにキリストの切なる願いをパウロが代弁しているとも言える。何にもましてこのキリストの愛を受けとめたパウロにならって私たちも愛を成長させていきたい。
by ybible63
| 2016-02-26 14:24
| ★礼拝説教要約