2015年 04月 21日
4月12日説教要約 |
祈りを助けてくださる御霊<ローマ8:18~30>
牧師 鳥居 完次
きょうの聖書箇所には「祈りを助けてくださる御霊」のことが記されている。キリストの御霊は、うめくようにして弱い私たちの(うめくような)祈りを助けてくださるお方である。
1.キリストご自身は、深くうめくような祈りをささげられた。主イエス・キリストが十字架にかかられる前夜、ゲッセマネの園でささげられた苦悶の祈りである。しかし、その願いに反して主はまさに苦しみの杯を受ける(十字架の道)を進んで行かれた。が、しかし、それによって私たちに救いが実現したのである。罪の完全な赦しと永遠のいのちに与ることができる。でも、その完全な実現は、キリストの再臨の時にもたらされる未来的救いである。が、同時にそこには、今現在私たちが生きている地上のからだに関する現実的救いがある。
2.主イエス・キリストは、今やキリストの御霊として私たちのうちに住んでおられ、まさに深くうめくようなとりなしの祈りをささげておられる<26>。確かに、私たちのからだは救いの完成のときに栄光のからだに変えられる。が、しかし、私たちのこの地上のからだは依然として朽ちていくまことに弱い血肉のからだである。それ故に、現実に私たちが肉体の死に直面するとき、キリスト者と言えども少なからず皆うめく、いやうめかざるを得ない<22~23>。しかし、十字架にかかり三日目によみがえられたキリストは、今やキリストの御霊として私たちのこの弱い肉のからだのうちに住んでおられる。そして、うめくことしかできない弱い私たちを助けるべく、御霊ご自身がまさにうめくようなとりなしの祈りをささげてくださっている<26>。これが、今生かされている私たちにおける現実的救いである。
牧師 鳥居 完次
きょうの聖書箇所には「祈りを助けてくださる御霊」のことが記されている。キリストの御霊は、うめくようにして弱い私たちの(うめくような)祈りを助けてくださるお方である。
1.キリストご自身は、深くうめくような祈りをささげられた。主イエス・キリストが十字架にかかられる前夜、ゲッセマネの園でささげられた苦悶の祈りである。しかし、その願いに反して主はまさに苦しみの杯を受ける(十字架の道)を進んで行かれた。が、しかし、それによって私たちに救いが実現したのである。罪の完全な赦しと永遠のいのちに与ることができる。でも、その完全な実現は、キリストの再臨の時にもたらされる未来的救いである。が、同時にそこには、今現在私たちが生きている地上のからだに関する現実的救いがある。
2.主イエス・キリストは、今やキリストの御霊として私たちのうちに住んでおられ、まさに深くうめくようなとりなしの祈りをささげておられる<26>。確かに、私たちのからだは救いの完成のときに栄光のからだに変えられる。が、しかし、私たちのこの地上のからだは依然として朽ちていくまことに弱い血肉のからだである。それ故に、現実に私たちが肉体の死に直面するとき、キリスト者と言えども少なからず皆うめく、いやうめかざるを得ない<22~23>。しかし、十字架にかかり三日目によみがえられたキリストは、今やキリストの御霊として私たちのこの弱い肉のからだのうちに住んでおられる。そして、うめくことしかできない弱い私たちを助けるべく、御霊ご自身がまさにうめくようなとりなしの祈りをささげてくださっている<26>。これが、今生かされている私たちにおける現実的救いである。
by ybible63
| 2015-04-21 14:59
| ★礼拝説教要約