2013年 07月 23日
7月14日説教要旨 |
忍耐していのちを保つ<ヘブル10:32~39>
牧師 鳥居 完次
この手紙が書かれた時代、人々は信仰の故に迫害の試練を抱えていた。しかも、いつ殉教の危険が襲って来るかもしれない緊迫した状況であった。それ故に、ヘブル書の記者は言う。
1.忍耐していのち(永遠のいのち)を保つように<36>。しかし、この忍耐は単にじっと我慢することでも、あるいはまた「仕方がない」とあきらめる「運命論」でもない。その運命論の対極にある信仰である。つまり、信仰とは「神に敵対するこの世の悪魔的な力よりも主イエス・キリストの十字架と復活によって表された神の愛は決定的に強く、この愛に勝るものは世にはない」ことを心底から信じることである。パウロが<ローマ8:35~39>で言うように、どのような試練もこの神の愛から私たちを引き離すことはできないからである。
2.信じていのちを保つように<39>、即ち、私たちのいのち(肉体)を奪おうとするどんな危険が襲って来ても、神の愛のうちに自分自身をゆだねる信仰によって、永遠のいのちに至らせる歩みをしっかりと歩んで行こうではないか、と勧められているのである。それにしても、私たちをして決定的な確信に至らせる根拠は、主イエス・キリストご自身の約束のみことばである<ルカ21:10~19>。確かに主の宣告のとおり、キリスト教の歴史は迫害・殉教の歴史である。もちろん、今の時代は実際的な迫害・殉教の危険があるわけではないが、様々な病気、事故、災害がいつ襲って来るかもしれない緊迫した状況はいつの時代も同じ。故に、私たちのいのち(肉体)が失われようとするどんな試練が襲って来ても、何よりも主ご自身の約束に裏打ちされた神の愛に委ねる信仰によって永遠のいのちを保っていきたい。
牧師 鳥居 完次
この手紙が書かれた時代、人々は信仰の故に迫害の試練を抱えていた。しかも、いつ殉教の危険が襲って来るかもしれない緊迫した状況であった。それ故に、ヘブル書の記者は言う。
1.忍耐していのち(永遠のいのち)を保つように<36>。しかし、この忍耐は単にじっと我慢することでも、あるいはまた「仕方がない」とあきらめる「運命論」でもない。その運命論の対極にある信仰である。つまり、信仰とは「神に敵対するこの世の悪魔的な力よりも主イエス・キリストの十字架と復活によって表された神の愛は決定的に強く、この愛に勝るものは世にはない」ことを心底から信じることである。パウロが<ローマ8:35~39>で言うように、どのような試練もこの神の愛から私たちを引き離すことはできないからである。
2.信じていのちを保つように<39>、即ち、私たちのいのち(肉体)を奪おうとするどんな危険が襲って来ても、神の愛のうちに自分自身をゆだねる信仰によって、永遠のいのちに至らせる歩みをしっかりと歩んで行こうではないか、と勧められているのである。それにしても、私たちをして決定的な確信に至らせる根拠は、主イエス・キリストご自身の約束のみことばである<ルカ21:10~19>。確かに主の宣告のとおり、キリスト教の歴史は迫害・殉教の歴史である。もちろん、今の時代は実際的な迫害・殉教の危険があるわけではないが、様々な病気、事故、災害がいつ襲って来るかもしれない緊迫した状況はいつの時代も同じ。故に、私たちのいのち(肉体)が失われようとするどんな試練が襲って来ても、何よりも主ご自身の約束に裏打ちされた神の愛に委ねる信仰によって永遠のいのちを保っていきたい。
by ybible63
| 2013-07-23 08:52
| ★礼拝説教要約