2013年 07月 09日
6月30日説教要旨 |
~朝早礼拝メッセージ~
「欠けていたもの」(マルコ10章17~22節)
牧師 紺野真和
ある日、お金持ちの青年がイエス様の許に跪いて「永遠のいのちを受けるためには、私は何をしたら良いでしょうか。」と尋ねた。イエス様に跪いているところから、彼は真剣に永遠のいのちを求めている事が分かる。イエス様は彼にモーセの律法を語った。その言葉を聞いた時、青年は即座に「そのようなことはみな、小さい時から守っております。」と答えた。するとイエス様は「あなたに欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い貧しい人たちに与えなさい。その上で、わたしについて来なさい。」と言われた。このイエス様の言葉を聞いた時、青年は無理であると思った。ところで、イエス様が青年に求められたことは何か。それは目に見える財産を拠り所として生きるのではなく、わたしを拠り所として生きなさいということである。欠けた事とは、最も根本的なこと、重要なことである。さてこの青年はイエス様の言葉を聞いて、これまで自分が何を拠り所として生きてきたのかに気が付いたであろう。イエス様は彼に自分の姿に気づかせたのである。又青年は永遠のいのちを真剣に求めていたので、財産ではなくイエス様を拠り所として生きようと自分の力で何とかしようとしたのかもしれない。しかしできなくて、彼は悲しみながら去った。この青年の姿をどう思うか。残念に思うか。確かに残念であるが、彼は大切な一歩を踏み出したのではないか。自分がこれまで神様に寄り頼んで生きてきたと思っていたが、そうではなかったと知る一歩、自分の力で富の力から自分を解き放つ事ができない事を知る一歩を。私たちが拠り所としているのは何か。自分の心を吟味してみよう。幸いなことに、イエス様はこの金持ちの青年が帰った後「人にはできないことでも、神にはできる」と言われた。
「欠けていたもの」(マルコ10章17~22節)
牧師 紺野真和
ある日、お金持ちの青年がイエス様の許に跪いて「永遠のいのちを受けるためには、私は何をしたら良いでしょうか。」と尋ねた。イエス様に跪いているところから、彼は真剣に永遠のいのちを求めている事が分かる。イエス様は彼にモーセの律法を語った。その言葉を聞いた時、青年は即座に「そのようなことはみな、小さい時から守っております。」と答えた。するとイエス様は「あなたに欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い貧しい人たちに与えなさい。その上で、わたしについて来なさい。」と言われた。このイエス様の言葉を聞いた時、青年は無理であると思った。ところで、イエス様が青年に求められたことは何か。それは目に見える財産を拠り所として生きるのではなく、わたしを拠り所として生きなさいということである。欠けた事とは、最も根本的なこと、重要なことである。さてこの青年はイエス様の言葉を聞いて、これまで自分が何を拠り所として生きてきたのかに気が付いたであろう。イエス様は彼に自分の姿に気づかせたのである。又青年は永遠のいのちを真剣に求めていたので、財産ではなくイエス様を拠り所として生きようと自分の力で何とかしようとしたのかもしれない。しかしできなくて、彼は悲しみながら去った。この青年の姿をどう思うか。残念に思うか。確かに残念であるが、彼は大切な一歩を踏み出したのではないか。自分がこれまで神様に寄り頼んで生きてきたと思っていたが、そうではなかったと知る一歩、自分の力で富の力から自分を解き放つ事ができない事を知る一歩を。私たちが拠り所としているのは何か。自分の心を吟味してみよう。幸いなことに、イエス様はこの金持ちの青年が帰った後「人にはできないことでも、神にはできる」と言われた。
by ybible63
| 2013-07-09 08:33
| ★礼拝説教要約